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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)12377号 判決 1988年3月30日

原告 池下昭雄

右訴訟代理人弁護士 土屋博

被告 世田谷信用金庫

右代表者代表理事 大場信邦

右訴訟代理人弁護士 舟辺治朗

右訴訟復代理人弁護士 安藤正年

被告 池下京子

右訴訟代理人弁護士 兼田俊男

主文

1. 被告世田谷信用金庫は原告に対し、原告が被告世田谷信用金庫と被告池下京子との間の昭和五七年一二月二二日付け金銭消費貸借契約に基づく被告池下京子の債務(金額一五〇〇万円、利息年一〇パーセント、遅延損害金年一四・六パーセント)について連帯保証債務を負担しないことを確認する。

2. 被告世田谷信用金庫は原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物について、東京法務局港出張所昭和五七年一二月二一日受付第四一一九〇号をもってなされた根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

3. 被告世田谷信用金庫は原告に対し、金三三〇万三九〇四円及びうち金三一四万四九五四円に対する昭和五八年一二月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4. 被告池下京子は原告に対し、金三三〇万三九〇四円及びこれに対する昭和五八年一二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5. 原告の被告世田谷信用金庫に対するその余の請求を棄却する。

6. 訴訟費用は被告らの負担とする。

7. この判決の主文第3及び第4項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

主文第1、第2項と同旨及び「被告らは原告に対し、各自金三三〇万三九〇四円及びこれに対する被告世田谷信用金庫は昭和五八年一二月一八日から、被告池下京子は同年同月二五日から各支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。」との判決及び右金員の請求につき仮執行の宣言

二、被告ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、当事者双方の主張

一、請求原因

1. 被告世田谷信用金庫(以下「被告金庫」という。)は原告に対し、債権者被告金庫・債務者被告池下京子(以下「被告京子」という。)間の昭和五七年一二月二二日付け金銭消費貸借契約に基づく被告京子の債務(金額一五〇〇万円、利息年一〇パーセント、遅延損害金年一四・六パーセント)について原告が連帯保証をしたと主張しているが、原告は右連帯保証をしたことはない。

2. 原告は別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件不動産」という。)を所有しているところ、本件不動産について、東京法務局港出張所昭和五七年一二月二一日受付第四一一九〇号をもって債権者被告金庫、債務者被告京子、極度額一七〇〇万円とする根抵当権設定登記がなされている。

3.(一) 原告は被告金庫六本木支店に別紙定期預金目録1ないし5記載の定期預金(以下これを総称して「本件定期預金」といい、個別の定期預金は右目録の番号により表示する。)をした。なお、利率は本件定期預金1が二年未満六・三五パーセント、二年以上六・六〇パーセント、同2、4がいずれも八・一〇パーセント、同3、5はいずれも二年未満五・八五パーセント、二年以上六・一〇パーセントである。

したがって、原告が本件定期預金の満期到来あるいは中途解約により本件定期預金の払戻請求をしたときは、被告金庫は原告が預金した金員に約定の利息を付加して払戻すべき契約上の義務を負っている。

原告は、昭和五八年四月中旬ころ、被告金庫六本木支店得意先係り村石圭樹(以下「村石」という。)を介して本件定期預金1の払戻請求をしたにもかかわらず、被告金庫は、同預金は被告京子に同年一月一七日払戻済みであるとの理由によりその払戻を拒絶し、さらに、本件定期預金2ないし5の払戻請求に対しても、被告京子に同年二月二八日払戻済みであるとの理由によりその払戻を拒否している。

(二) 被告京子は、もと原告の妻であったが昭和五八年六月二九日離婚したものであるところ、原告に無断で同年一月一七日、被告金庫得意先係村石に対して本件定期預金1の満期払戻の請求をして、その元利金一六〇万九四〇四円の払戻を受け、さらに、同年二月二八日、同人に対し本件定期預金2ないし5の中途解約による払戻請求をして、その元利金一六九万四五〇〇円の払戻を受け、いずれもこれを費消した。

(三) 原告は、昭和五七年九月中旬ころ、本件定期預金証書の紛失に気付き、その旨を村石に申し出たところ、同人は、「盗難紛失届を出せば満期日には原告に対して元利金を支払う」旨を確約し、原告に本件定期預金証書の盗難紛失届を作成させ、これを受け取った。

しかるに、村石は、被告京子から前記(二)のように本件定期預金の払戻手続の依頼を受けた際、被告京子が原告の本件定期預金証書を無断で持ち出していることを知りながら、右払戻手続を行い、その結果、被告金庫は本件定期預金の元利金を被告京子に支払い、本件定期預金の払戻は終了した旨の処理をした。

村石は被告金庫の業務の執行として右払戻手続を行ったものであり、被告金庫は村石の使用者であるから、被告金庫は村石の右不法行為により原告が被った損害を賠償すべきである。

4. よって、原告は被告金庫に対し、原告が被告金庫と被告京子間の昭和五七年一二月二二日付け金銭消費貸借契約に基づく被告京子の債務(金額一五〇〇万円、利息年一〇パーセント、遅延損害金年一四・六パーセント)について連帯保証債務を負担していないことの確認、本件不動産について、東京法務局港出張所昭和五七年一二月二一日受付第四一一九〇号をもってなされた根抵当権設定登記の抹消登記手続及び主位的に預金契約の履行、予備的に不法行為による損害賠償として金三三〇万三九〇四円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五八年一二月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告京子に対し、不法行為による損害賠償として金三三〇万三九〇四円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である同年同月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(被告金庫)

1. 請求原因1のうち、被告金庫が原告に対し、原告主張の連帯保証をしたと主張していることは認めるが、その余は争う。

2. 同2は認める。

3.(一) 請求原因3(一)のうち、本件定期預金が存在したこと(ただし、本件定期預金1の「満期日昭和五八年一月一七日」は「最長預入期限昭和五九年一一月二七日」、同3、5の「満期日」はいずれも「最長預入期限」とすべきであり、同2、4の預入日はいずれも昭和五五年四月二五日で自動継続されたものである。)、被告金庫が定期預金については満期到来後、期日指定定期預金については据置期間経過後最長預入期限まで原告主張のような払戻義務を負担していること、被告金庫が本件定期預金1は同年一月一七日に、本件定期預金2ないし5は同年二月二八日にいずれも払戻済みであるとの理由により原告の払戻請求を拒否したこと及び本件定期預金1の預金者が原告であることはいずれも認めるが、その余は否認する。

(二) 同3(二)のうち、被告京子と原告とが夫婦であったこと、村石が被告金庫六本木支店の得意先係であったこと及び本件定期預金がすべて払戻されていることは認めるが、原告と被告京子が離婚したことは不知、被告京子が村石に対し本件定期預金の払戻を依頼したことは否認する。本件定期預金は被告金庫六本木支店窓口において所定の手続により払戻されたものである。

(三) 同3(三)のうち、原告が昭和五七年九月ころ村石に対し定期預金証書が見当たらないので調査して欲しい旨を申し入れたこと、村石が原告から本件定期預金証書の紛失届を受け取ったこと、本件定期預金の払戻がなされていること、被告金庫が村石の使用者であることはいずれも認めるが、その余は否認する。

村石は、被告京子から「本件定期預金のことについては原告ら夫婦の間で解決するので、本件定期預金が担保になっていることは暫く黙っていて欲しい」と頼まれたので、本件定期預金が被告京子の借入債務の担保になっていることを原告に話さなかったものである。

また、村石は原告から預かった紛失届を被告金庫に提出しなかった。

(被告京子)

1. 請求原因3(二)のうち、原告と被告京子との身分関係及び被告京子が原告主張のとおり本件定期預金の払戻を受け費消したことは認めるが、その余は否認する。本件定期預金の払戻は被告京子自身が直接被告金庫の窓口に赴いて行ったものである。また、被告京子は原告から、常日頃、生活費及び被告京子が行っていた宝石の取引のために必要なときには、本件定期預金2ないし5を使用してもよい旨の承諾を得ていた。

三、被告金庫の抗弁

1. 被告京子は、昭和五七年一二月二二日、被告金庫から左記約定により金一五〇〇万円を借り受け、原告を代理して、右借入債務を連帯保証した。

返済方法 昭和五八年一月より昭和六二年一二月まで毎月一〇日限り金二五万円ずつ分割返済

利息 年一〇パーセントの割合とし、元金分割金の支払約定日にその日までの利息を支払う。

遅延損害金 年一四・六パーセントの割合とする。

2. 被告金庫は、昭和五七年一二月二一日、原告の代理人である被告京子との間で本件不動産につき、極度額一七〇〇万円、債権の範囲・信用金庫取引、手形債権、小切手債権、保証委託取引、債務者被告京子、債権者被告金庫とする根抵当権設定契約を締結した。

3. 仮に、被告京子に原告の代理権がなかったとしても、原告は、昭和四六年ころから昭和五八年ころまでの間、被告金庫らと預金取引、信用金庫取引を行うにつき、被告京子に対し継続的に代理権を与えた。

被告京子は、前記連帯保証及び根抵当権設定契約をした時、被告金庫に対し、原告の実印、印鑑証明書、権利証などを提示した上、原告から右連帯保証及び根抵当権設定をすることにつき原告の委任を受けた旨述べたものであり、被告金庫が被告京子に右各代理権があると信じたことについては正当な理由がある。

4. 仮に、本件定期預金の預金者が原告であり、かつ被告金庫が原告以外の者に右預金の元利金を支払ったものであるとしても、被告金庫は右預金の際原告と、①預金証書や印章を失ったとき、または印章、名称、住所その他の届出事項に変更があったときは、直ちに書面により届出ること、②被告金庫は右届出前に生じた損害について責任を負わないこと、③被告金庫が預金証書、諸届その他の書類に押捺された印影と届出の印鑑とを相当の注意をもって照合し、相違ないと認めて取扱をしたときは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があっても、被告金庫はそのために生じた損害について責任を負わないことを合意した。

しかるに、本件定期預金1については、昭和五八年一月一七日、同2ないし5については、同年二月二八日、いずれも何者かが被告金庫六本木支店に来店し、その各定期預金証書を提出し、真正な届出印を使用して所定の払戻手続をしたので、被告金庫は、これを適正な請求と認め、その払戻をしたものである。

したがって、被告金庫は右払戻について責任を負わない。

四、抗弁に対する認否

1. 被告金庫の抗弁1のうち、被告京子が被告金庫主張の約定により一五〇〇万円を借り受けたことは認めるが、被告京子が原告の代理人として右借入債務を連帯保証したことは不知。原告は被告京子に右代理権を授与したことはない。

2. 同2のうち、被告京子が本件根抵当権設定契約を締結する代理権を有していたことは否認する。

3. 同3のうち、被告京子が原告主張の根抵当権設定契約をした時被告金庫に対し、原告の実印、印鑑証明書を提出したことは認めるが、その余は否認する。権利証は予め被告金庫に保管されていたものである。

4. 同4のうち、原告が本件定期預金の際被告金庫主張のような合意をしたことは認めるが、その余は不知。

五、抗弁4に対する再抗弁

原告は、昭和五七年九月中旬ころ、本件定期預金証書の紛失に気付き、被告金庫六本木支店の村石に対し調査を依頼し、同人の指示により被告金庫六本木支店宛に本件定期預金証書の紛失届を作成し、これを同人を介して被告金庫に提出した。村石が右紛失届を被告金庫に提出しなかったとしても、その責任は村石の使用者である被告金庫が負うべきである。

六、再抗弁に対する認否

原告が昭和五七年九月ころ村石に対し定期預金証書が見当たらないので調査して欲しい旨を申し入れたこと、村石が原告から本件定期預金証書の紛失届を受け取ったことは認めるが、その余は否認する。

村石は、原告から預かった紛失届を被告金庫に提出しなかった。

第三、証拠関係<省略>

理由

第一、被告金庫に対する請求について

一、本件の経緯について

原本の存在及び成立に争いのない甲第五、第六号証(ただし、後記認定のように、原告作成部分はいずれも偽造されたものである。)、成立に争いのない甲第七号証、乙第一三号証、証人永山孝幸の証言及び被告池下京子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証の一、二、被告池下京子本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同号証の三ないし六、被告池下京子本人尋問の結果により被告京子作成部分は真正に成立したものと認められるが、原告作成部分は偽造されたものであると認められる乙第一一号証の一、証人永山孝幸の証言により真正に成立したものと認められる乙第一二号証、証人永山孝幸(後記採用しない部分を除く。)、同村石圭樹の各証言、原告池下昭雄、被告池下京子各本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

1. 被告京子は、昭和四四、五年ころから原告と同棲を始め、昭和五〇年三月原告との婚姻届をしたものであるが(被告京子と原告とが夫婦であったことは当事者間に争いがない。)、昭和五五年一一月ころから、原告と内縁関係にあり宝石販売を行っていた小出和子(以下「小出」という。)から宝石を預かり、これを販売するようになった。

2. ところが、被告京子は、小出から預かった宝石が実際には売れていないのに、これが売れたように装い、これを入質などしていたため、小出に対する宝石代金の支払に窮するようになり、その支払に充てるため、原告には無断で、原告が被告金庫六本木支店に原告名義、原告のペンネーム「井出昭」、長男の「池下拓」、次男の「池下耕」などの各名義で預金していた定期預金(本件定期預金を含む。本件定期預金1が原告の預金であったことは当事者間に争いがない。)を担保として被告金庫から融資を受け、その定期預金証書を被告金庫に差し入れていた。

なお、原告は本件定期預金証書を自宅金庫に保管していたものであるが、被告京子は右金庫の鍵を預かっていたため、右預金証書を容易に持ち出すことができた。

3. 原告は、昭和五七年九月中旬ころ、自宅金庫に保管していた定期預金証書が紛失していることに気付き、原告方に集金に来ていた被告金庫六本木支店得意先係りの村石にその調査を依頼した(村石が被告金庫六本木支店の得意先係りであったこと及び原告が昭和五七年九月ころ村石に対し定期預金証書が見当たらないので調査して欲しい旨を申し入れたことはいずれも当事者間に争いがない。)

なお、村石の職務内容は顧客から預金の集金をしたり、顧客から相談を受けた事柄について然るべく対応することであった。

4. そこで、村石は、右調査を行ったところ、被告京子が被告金庫からの借入金の担保として原告の定期預金を提供し、その預金証書を被告金庫に差し入れていることが判明した。

5. 被告京子は、原告が村石に定期預金証書の調査を依頼したことを知り、村石に対し、「原告の定期預金を原告には無断で担保として使っているので、原告には被告金庫が定期預金証書を預かっていることを知らせないで欲しい。すぐに解決するので、今は知らないことにして欲しい」などと言って、定期預金証書の所在を原告に知らせないように強く懇願した。

6. そのため、村石は、被告金庫が右各定期預金証書を預かっていることを原告に知らせず、原告に対し、原告が被告金庫に預金している定期預金(本件定期預金を含む。)の口座番号、名義人、預金額などの内訳を記載したメモを交付するにとどめた。

7. そこで、原告は村石に定期預金証書の再発行を依頼したところ、村石は、「定期預金証書の再発行をすることはできないが、紛失届を出せば、満期には預金証書がなくても払戻を受けることができる。」と説明したので、原告は、そのころ、村石が持参した紛失届用紙を使用して被告金庫六本木支店宛に定期預金証書の紛失届を作成し、これを村石に渡した(村石が原告から本件定期預金証書の紛失届を受け取ったことは当事者間に争いがない。)。

しかるに、村石は、前記5、6のような事情があったため、右紛失届を被告金庫に提出しなかった。

なお、被告金庫においては、定期預金者が預金証書を紛失したときは、紛失届を提出させた上、預金の届印を提出させ、確認のため預金者宛に往復葉書を出し、預金者からの返信を受けた後に、当該預金の払戻をすることにしており、村石は、前記紛失届とともに、右確認のための往復葉書の返信用葉書に原告が捺印をしたものを原告から受け取っていた。

8. 被告京子は、昭和五七年一一、二月ころ、被告金庫六本木支店貸付係りの永山孝幸(以下「永山」という。)に対し、被告京子が被告金庫に差し入れている原告の定期預金証書の返還を受けたいので、借入金を返済したいが、その返済及び宝石の仕入のための融資を受けたい旨相談したところ、永山は不動産担保による融資の途があることを教示した。そこで、被告京子は、原告には無断で本件不動産を担保として一五〇〇万円の融資を受けようと思い立ち、永山に対し、その旨を申し入れた。

9. 永山は、被告京子に対し、本件不動産を右借入の担保とすることにつき原告の承諾を得ているか否かを質したところ、被告京子は、原告から一切を任されていると返答したので、右融資手続を進めることとし、被告京子に対し、貸付実行のときには関係書類に原告本人の署名をしてもらう必要があるので原告本人を同行するように求めた。

10. 被告京子は、昭和五七年一二月二〇日、予て知り合いの戸塚寛治(以下「戸塚」という。)に対し、緊急に借金をしなければならないことになったが、原告が海外出張中(あるいは入院中)であるので、原告の身代わりとなって被告金庫六本木支店に出頭し、原告本人を装って借入のための関係書類に署名して欲しい旨を懇願し、戸塚はやむを得ずこれを承諾し、翌二一日午前一〇時ころ被告京子とともに被告金庫六本木支店に赴くことを約束した。

ところが、被告京子は、二一日午前中に小平市役所へ原告の戸籍付票を取りに行かなければならないことになり、戸塚と約束した時刻に被告金庫六本木支店に行くことができなくなった。そこで、とりあえず、戸塚のみが被告金庫六本木支店に赴いて関係書類に署名し、被告京子は後に原告の実印などを持参して関係書類に捺印することとし、同日朝、永山に対し、「主人は急いでいるので、主人だけが先に行く。自分は後から行く」という電話連絡をした。

11. 戸塚は、同日午前中、被告金庫六本木支店に赴き、原告名を名乗って永山と面会し、永山から提示された金銭消費貸借証書(甲第五号証 その内容は請求原因1記載のとおり)の連帯保証人欄、根抵当権設定契約証書(甲第六号証 その内容は請求原因2記載のとおり)の根抵当権設定者兼連帯保証人欄、信用金庫取引約定書(乙第一一号証の一)の連帯保証人欄に原告の住所、氏名を記載した。

その際、永山は、戸塚が原告本人であると信じ込み、戸塚が原告と同一人物であるか否かについて格別の調査確認の方法を講じなかった。

12. 被告京子は、同日午後、原告の実印、印鑑証明書などを持参して被告金庫六本木支店に赴き、戸塚が署名した前記各書類の原告名下に原告の実印を押捺し、原告の印鑑証明書を提出した(被告京子が被告金庫に原告の実印、印鑑証明書を持参したことは当事者間に争いがない。)。

13. 被告京子は、右のようにして、被告金庫から一五〇〇万円を借り入れ、そのうち約七〇〇万円を被告金庫からの借入金の返済に当てた。

以上の事実が認められ、証人永山孝幸の証言中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二、連帯保証債務不存在確認請求について

1. 被告京子が被告金庫主張の約定により被告金庫から一五〇〇万円を借り受けたことは当事者間に争いがない。

被告金庫は、被告京子が原告の代理人として被告京子の右借入債務を連帯保証した旨主張し、前掲乙第一〇号証の一の記載、証人永山孝幸の証言中には、被告金庫の右主張に沿う部分があるが、右各部分は前記一の認定事実に照らすといずれも採用することができず、他に原告が被告京子に対して右代理権を与えたと認めるに足りる証拠はない。

なお、甲第五号証、乙第一一号証の一には、被告京子の右借入債務の連帯保証人として原告名義の署名捺印がなされていることが認められるが、前記一の認定事実によれば、右署名捺印部分は被告京子及び戸塚が偽造したものであると認められるので、右各証拠の原告作成名義部分はいずれも採用することができない。

2. 被告金庫は、被告京子の無権代理につき予備的に表見代理を主張し、被告京子は被告金庫に対し原告の実印、印鑑証明書などを持参した上、原告の連帯保証につき原告から委任された旨述べたので、被告金庫が被告京子に右代理権があると信じたことについては正当な理由があると主張するが、前記一の認定事実によれば、被告京子は当時原告の妻として原告と同居していたものであり、原告の実印及び印鑑証明書を容易に持参し得る立場にあったこと、被告金庫得意先係りの村石は、当時、被告京子が原告に無断で原告の定期預金を担保として被告金庫から借入をなし、原告から右定期預金証書の紛失届が提出されていることを知っていたこと(村石が右事実を知った以上、同人は、当然、これを上司に報告すべきであり、同人が右職務上の義務を履行しておれば、被告金庫としては、当然、被告京子の一五〇〇万円の借入申込の動機あるいは被告京子の前記代理権につき疑問を抱いたことは明らかである。しかるに、前記一の認定事実によれば、村石は右報告を怠り、むしろ右事実を秘匿したことが認められ、同人の右職務上の義務違反は被告金庫内部における重大な過失というべきである。)が認められ、右事実にかんがみると、被告京子が被告金庫に原告の実印、印鑑証明書などを持参し、原告から連帯保証につき委任された旨を述べたとしても、これをもって直ちに被告金庫が被告京子に原告の代理権があると信ずべき正当な理由があったということはできない。

また、前記一の認定事実によれば、前記金銭消費貸借証書(甲第五号証)の連帯保証人欄に原告名義の署名をしたのは戸塚であるところ、被告金庫六本木支店貸付係りの永山は、原告の身代わりとなって出頭した戸塚が原告と同一人物であるか否かについて適切な確認を行わず、また右連帯保証が原告の真意に基づくものであるか否か、あるいは右原告名下に原告の実印を押捺した被告京子が原告の代理権を有するか否かについても適切な確認手段を講じなかったことが認められ、右事実によれば、被告金庫において、原告が右連帯保証をしたものと信じたことについては過失があるというべきである。

したがって、被告金庫が被告京子に代理権があると信じたことについては正当な理由がないというべきであるから、被告金庫の表見代理の主張は、その余の点について判断するまでもなく採用することができない。

3. 以上によれば、原告の連帯保証債務不存在確認の請求は理由がある。

三、根抵当権設定登記抹消登記手続請求について

1. 本件不動産が原告の所有であること、被告京子が被告金庫主張の約定により被告金庫から一五〇〇万円を借り受けたこと及び本件不動産について東京法務局港出張所昭和五七年一二月二一日受付第四一一九〇号をもって債権者被告金庫、債務者被告京子、極度額一七〇〇万円とする根抵当権設定登記がなされていることはいずれも当事者間に争いがない。

被告金庫は、被告京子が原告の代理人として右根抵当権設定契約をしたと主張し、証人永山孝幸の証言中には、被告金庫の右主張に沿う部分があるが、右証言部分は前記一の認定事実に照らすと採用することができず、他に原告が被告京子に対して右代理権を与えたと認めるに足りる証拠はない。

なお、甲第六号証には、根抵当権設定者として原告名義の署名捺印がなされていることが認められるが、前記一の認定事実によれば、右署名捺印部分は被告京子及び戸塚が偽造したものであると認められるので、右証拠の原告作成名義部分を採用することはできない。

2. 被告金庫は、予備的に表見代理を主張し、被告京子は被告金庫に対し原告の実印、印鑑証明書などを持参した上、本件根抵当権設定につき原告から委任された旨述べたので、被告金庫が被告京子に右代理権があると信じたことについて正当な理由があると主張するが、前記二2において判示したところと同一の理由により、被告金庫が被告京子に原告の代理権があると信ずべき正当な理由があったということはできない。

また、前記一の認定事実によれば、前記根抵当権設定契約証書(甲第六号証)の根抵当権設定者欄に原告名義の署名をしたのは戸塚であるところ、被告金庫貸付係りの永山は、前記二2において判示したように、原告の身代わりとなって出頭した戸塚が原告と同一人物であるか否か、本件根抵当権設定が原告の真意に基づくものであるか否か、あるいは原告名下に原告の実印を押捺した被告京子が原告の代理権を有するか否かにつき適切な確認手段を講じなかったことが認められ、右事実によれば、被告金庫において、原告が右根抵当権設定をしたものと信じたことについては過失があるというべきである。

したがって、被告金庫が被告京子に代理権があると信じたことについては正当な理由がないというべきであるから、被告金庫の表見代理の主張は、その余の点について判断するまでもなく採用することができない。

3. 以上によれば、原告の根抵当権設定登記の抹消登記手続の請求は理由がある。

四、定期預金の返還請求について

1. 本件定期預金が存在したこと(ただし、前掲甲第七号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第九ないし第一一号証の各一、二、成立に争いのない乙第八号証の一ないし五によれば、本件定期預金1、3、5はいずれも据置期間一年の期日指定定期預金であり、最長預入期限は本件定期預金1は昭和五七年一一月二七日、同3、5はいずれも昭和六〇年一〇月二七日であること、本件定期預金2、4はいずれも期間二年の自動継続式定期預金であり、昭和五七年四月二五日に自動継続されたものであること、本件定期預金のその他の要件は別紙定期預金目録記載のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。)。被告金庫が定期預金については満期到来後、期日指定定期預金については据置期間経過後最長預入期限まで原告主張のような払戻義務を負っていること、本件定期預金はすべて払戻済みであること、被告金庫が本件定期預金1は同年一月一七日、本件定期預金2ないし5は同年二月二八日にいずれも払戻済みであるとの理由により原告の払戻請求を拒否したこと、本件定期預金1が原告の預金であることはいずれも当事者間に争いがない。

証人村石圭樹の証言、原告池下昭雄及び被告池下京子各本人尋問の結果によれば、本件定期預金2ないし5は原告が預金したものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、被告金庫が原告に対し本件定期預金の払戻義務を負っていることは明らかであり、被告金庫が本件定期預金はすべて払戻済みであると主張して原告の払戻請求を拒否していることは定期預金契約上の債務不履行に当たるというべきである。

2. 被告金庫は、原告と被告金庫とは、①原告が預金証書や届出印を紛失したときは直ちに書面により届出ること、②被告金庫は右届出前に生じた損害について責任を負わないこと、③被告金庫が預金証書、諸届その他の書類に押捺された印影と届出の印鑑とを相当の注意をもって照合し、相違ないと認めて取扱をしたときは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があっても、被告金庫はそのために生じた損害について責任を負わないことを合意した旨主張し(抗弁4)、右事実は当事者間に争いがない。

そして、前掲甲第八ないし第一一号証の各一、乙第八号証の一ないし五、証人村石圭樹の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証の二、三、証人村石圭樹の証言及び被告池下京子本人尋問の結果によれば、本件定期預金の元利金の払戻は、いずれも届出印が押捺された解約依頼書(被告京子が作成)及びそれぞれの定期預金証書が被告金庫に提出され、これに基づいてなされたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3. そこで、原告の再抗弁について検討するに、前記一の認定事実によれば、被告金庫においては、定期預金証書が紛失した場合には、その紛失届を提出させた上、当該預金の届印を提出させ、確認のため預金者宛に往復葉書を出し、預金者からの返信を受けた後に当該定期預金の元利金の支払をしていること、原告は、昭和五七年九月ころ、被告金庫六本木支店得意先係りの村石に対し、定期預金証書が見当たらないので調査して欲しい旨を申し入れ、村石が持参した紛失届用紙を使用して被告金庫六本木支店宛に本件定期預金証書の紛失届を作成し、これを村石に渡したこと(このことは当事者間に争いがない。なお、原告は、前記往復葉書の返信用葉書に捺印したものを村石に渡していた。)が認められ、右事実並びに被告京子は当時原告には無断で原告の定期預金を被告金庫に担保として提供し、このことが原告との間で表面化しつつあり、村石は右の事情を知っていたことなどにかんがみると、被告金庫としては、原告以外の者(被告京子)が本件定期預金証書を持参して、その払戻の手続をすることを警戒し、その払戻請求があった場合には、当然、その支払を留保し、原告に連絡するなどして、その払戻請求の正当性につき調査確認をなすべきであったというべきであり、被告金庫が右調査確認を行っておれば、被告京子に対して本件定期預金の元利金を支払うことはなかったものと考えられる。

しかるに、被告金庫は、原告から紛失届が出されていた本件定期預金証書に基づいてなされた本件定期預金の払戻請求につき、漫然とその払戻をしたのであるから、被告金庫は、前記認定の合意を根拠として右払戻の責任を免れることはできないというべきである。

なお、被告金庫は、村石が本件定期預金証書の紛失届を被告金庫に提出しなかったと主張するが、村石は、被告金庫六本木支店の得意先係りであり、前記認定のような同人の職務内容に照らすと、同人に紛失届が提出された以上、被告金庫に対して紛失届が提出されたものと同視すべきである(顧客から定期預金証書の紛失届が提出されたということは、定期預金の払戻の責任問題に関する重要な情報であるから、かかる情報は当然直ちに被告金庫に報告すべきであり、村石がこれを怠ったとするならば、それは被告金庫内部における重大な過失というべきであり、このことをもって、被告金庫が本件定期預金の払戻の責任を免れることはできない)。

4. 以上によれば、原告の本件定期預金の元利金の返還請求は理由がある。

そして、前記1の争いのない事実及び前掲甲第八ないし第一一号証の各一、二によれば、本件定期預金の最長預入期限あるいは満期日はいずれも既に到来していること、本件定期預金の各元本額は別紙定期預金目録「預金額」欄記載の各金額であること、昭和五八年一月一七日(満期払戻)における本件定期預金1の利息は一〇万九四〇四円、同年二月二八日(中途解約)における同2、4の利息は各二万三七一二円、同3、5の利息は各一〇六一円であること(元利合計三三〇万三九〇四円)が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告は右元利合計額について本件訴状送達の翌日である昭和五八年一二月一八日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、利息に対する遅延損害金は、利息の支払が一年以上延滞し、かつ債権者がその支払を催告した上元本組入れの意思表示をしなければ、その請求をすることができないと解されるところ、原告の請求する利息は本件訴状送達当時必ずしもその支払が一年以上遅滞していたものとはいえず、また原告が利息の元本組入れの意思表示をしたものと認めるに足りる証拠もない。

したがって、原告の被告金庫に対する定期預金の返還請求は、金三三〇万三九〇四円及びうち金三一四万四九五四円に対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年一二月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

なお、原告は、村石の不法行為(被告京子が原告に無断で本件定期預金の払戻をすることを知りながら、被告京子の依頼を受けて右払戻手続をした。)を理由として被告金庫に対し損害賠償の請求をしているが、証人村石圭樹の証言及び被告池下京子本人尋問の結果によれば、被告京子は、本件定期預金の払戻手続を村石に依頼せず、自ら被告金庫六本木支店に赴き、その窓口においてその払戻をしたことが認められ、前掲甲第一二号証の記載及び原告池下昭雄本人尋問の結果中、右認定に反する部分は被告池下京子本人尋問の結果に照らして採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがって、原告主張の村石の不法行為を前提とする原告の被告金庫に対する損害賠償の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第二、被告京子に対する請求について

本件定期預金が原告の預金であること、被告京子が昭和五八年一月一七日原告には無断で本件定期預金1の満期払戻手続をなし、その元利金一六〇万九四〇四円の払戻を受け、同年二月二八日本件定期預金2ないし5の中途解約による払戻手続をなし、その元利金一六九万四五〇〇円の払戻を受け、これらを費消したことはいずれも当事者間に争いがない。

被告京子は、本件定期預金2ないし5の払戻、費消については原告の承諾を得ていた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく(被告池下京子本人尋問の結果によっても、被告京子は原告の定期預金を無条件で使用することを許されていたものではなく、必要なときには原告の承諾を得た上で使用するように言われていたに過ぎないことが認められる。)、かえって、原告池下昭雄本人尋問の結果によれば、原告が被告京子に対して本件定期預金の払戻、費消を許したことはないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上によれば、原告の被告京子に対する不法行為による損害賠償請求はすべて理由があるから、被告京子は原告に対し、金三三〇万三九〇四円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年一二月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

第三、結語

よって、原告の被告金庫に対する保証債務の不存在確認及び根抵当権設定登記の抹消登記手続の請求及び被告京子に対する請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告金庫に対する金員の請求は金三三〇万三九〇四円及びうち金三一四万四九五四円に対する昭和五八年一二月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋正)

<以下省略>

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